どういうタイトルだ。
いや、支部を見ているとね、すごいなあという人がいますよね。
一枚絵でもものすごい人いますけど、今すごいなあと思っているのは連載漫画の方々です。
片方はジョジョと鬼滅の刃を合体させた漫画で、もう片方はジョジョ5部でレクイエムをブチャラティが手に入れた設定のifもの。
どちらも、手に汗握る展開「よくもまあ思いついたな」の連続もう前方へばく進(ばくって第二水準か)する勢い、すばらしい。
そして絵が、なんというか、「上手」「巧み」「達者」ではない。プロの週刊誌雑誌漫画家にはなれないだろう。でも、すごく、絵が生きている。活きている。画面から飛び出してくる。物語を物語ろうという意気込みで線がもう、足がだばだば走ってる感じ。こういうものを全く感じないプロの週刊誌雑誌漫画家も沢山居る。誰とは言いませんが。でもやっぱりこの、読み手の腹をつかむ感じが一切ない人は漫画家としてどうだろうかなと思いますね。
そもそも漫画家(殊に人気漫画化)って、「学校を卒業して、なんとなく就く」職業の、真逆にある職業だと思うんです。はっきりした目的意識と、「なりたい」という渇望、なるために積み上げる努力と研鑽、なりたいとどんなに思ってもなかなかなれない現実、なったとしてもすぐ転がり落ちるかも知れない恐怖、ちょっと他に比較できるものが…そうねえ、プロ棋士とか?
だから、上で言ったような「これだけは譲れない情熱」みたいなものは、漫画家になった時点では必ず誰しもが持ってるものだと思う。持ってない人はそもそも漫画家になれないだろうから。
どの時点で失うんですかねえ。
失ったとしても今まで積み上げてきたもの(とあるジャンルでの知名度とか、四コマ雑誌での連載とか)のお陰で食べて行けるプロ漫画家もいるのでしょうが。
正直つまらないでしょうね。
でも、たとえどんな職業でも「楽しいだけ」なんてことはありえないから、このつらさもお金を稼ぐためには必要なものだ的に片付けていくのかな。
なんか寂しい話になりましたが、昼間そういうふうに仕事をしながら、夜はほとばしるような情熱で虹捜索のマンガを描いて、支部にアップして、皆に「すごい!金とれるレベル」って言われて、嬉しいと思う、というのもひとつの生き方かも知れない。
昔はネットがなかったから、どんなすごい虹捜索作品も、そう簡単には目に触れなかった。同人誌にして、売って、それを買わない限り見られませんからね。
今は手軽に才能と情熱の炸裂しているさまを見ることが出来る。それは良い事だ、ありがたいことだと思います。