GRJ日記

サイトの日記代わりです。やや古いマンガやや古いアニメやや古い特撮(略)大好き。

5部36話観た

う~ん。

チャリオッツレクイエムの秘密ってあんなのだっけか。そもそも原作読んでて理解できてないから覚えてないんだろうけど。

各人からチャリオッツレクイエムを見た時自分と反対側に影が出来る。それはそれぞれの光源でレクイエムを照らしているからだ。だから自分のスタンドに攻撃されるし、光源は自分の後ろ頭上にある。

あの辺りの、ボスがまくしたてる理屈は、今までのジョルノの解説を思い出す感じがありました。あのね、あるいは、そうなのかも知れないよ。ここはそういう理屈がまかり通る世界なのかも知れない。でも、今自分が目にしていることから、どうやってそんなことまで導き出したのだ。自作のポエムか?てくらい難解。

ミスタがあったま悪くて疑り深くて今そんなことやってる場合か、の責任転嫁ばかりするのが見ていてイヤだった。いいからさっさと調べてもらいなさいよ。そんなことやってる場合か。今回特に、先に奪い取れ!って場面なのにベラベラ喋って「やった!こっちの方が近い!だから捕るのは俺だ!俺なのだ!」みたいなのが頭きた。うるさい!黙って矢をとれ!

ボスが二重人格だから、片方はブチャラティの身体、もう片方はこの場の誰かに潜んでいるという理屈まではまあ、受け入れますけど、「とりついて、密かに隠れている」てもはや人間ばなれしてて変だ。自分の中にボスが潜んでる方がそれに気づかないってのもなんか不自然だと思う。一つの身体に二つの精神が入ったらどうなるのか、ちゃんと考えてないのにどんどん「そういうことにしちゃってる」感がすごい。

ボスはもともと、二重人格だというだけの(だけのってのも乱暴ですが)ただの人間でしょ。そりゃ生まれが変だしいろいろアレですけど、DIOみたいに吸血鬼だとか、カーズみたいに別種の生き物だとか、そういった背景はない。製作側が「いろいろアレだが、人間」と定めているくせに、他人の精神の陰に潜んで見聞きして思案してここぞというところでスタンド繰り出すなんて、フツーの人間ではないことをあっさりやらせているところが、甘くて緩いと思う。あんなことが、フツーの人間にできるんなら、精神力で空も飛べますわな。

どうもなあ、お互いの小理屈対決で、小理屈パワーの上だった方が勝ち、みたいな最終戦です。吉良の最終能力もちょっとその、ついていけないところもありますが、まだわかる。まだ。5部はダメです。すみません。頑張れジョルノ。

一矢報いたトリッシュ(体はミスタ)はかっこよかった。彼女はおのれの死を覚悟してスタンドを振るったのだというのがわかる。おまえさえ生まれていなければって、あんたね。開いた口がふさがらない言いぐさ。

やっぱラスボスは、風格、格というもの、を持っていて欲しいわ。正体がばれるのを恐れて物陰に潜んで一人ずつ殺していくようなのがボスというのも面白いかも知れないけど、…

吉良とディアボロって似てるのね。虹でこの2人をくっつけてる人が居るけど、なんか今納得しました。

もうすぐ終わりねえ。

握手し合うリゾットとジョルノとか、肩を叩き合う対戦者同士(ホルマジオとナランチャ等々)などの風景の中、ポルナレフが、セットの外から観覧していたアヴ氏のところにぱーっと走っていって抱き付いて「やっと終わったぜ!」叫んでるところを想像する。