GRJ日記

サイトの日記代わりです。やや古いマンガやや古いアニメやや古い特撮(略)大好き。

5部34話&35話観た

最終局面でのギャグ回と急転直下。

観た人は皆さん大笑いしてましたが、私はかたくなに「体と心が入れ替わるって、どういうことなのか、ちゃんと考えてるのか」と主張するものです。我ながらかたくなですが。

スタンドとは何であるか。戦闘の意識で作り出した、特殊能力をもった像のことである。という具合に、絵空事なりの理屈をもっているのならいいんですけど、「体と心が入れ替わる(以下略)

スタンドの能力だってどれも充分変だけどさ。老化するだの体内の血でカミソリ作るだの。私にとってはこの体と心が入れ替わる案件はどうにも納得いかんのです。

声優さんたちの、誰それ風の演技は皆上手だったし、また、声優さんたち同士も、今までずっとジョジョ5部を協力して作り上げてきた仲間たちなんだなあ、と感じて嬉しくなった。アバッキオも居て欲しかったな。ミスタ風アバッキオとか、アバッキオナランチャとか観てみたかった。あれ、フーゴはいいのか(笑)

そしてポルナレフ。何を今更ですが、どうやって喋っているの?亀なのに。なんでキリッとした目つきで思い出し、推察し、そして喋っているのよ。通行人は犬に入ってあのありさまなのに。「あっそうかスタンドだ、だって海の中で『我々ならスタンドで話をすれば?』って言ってたし」と思ったがその直後「わたしは既にスタンド使いではない」とか言われてしまった。

亀の前足では矢が持てないから頑張って咥えてたけどさ、そもそも亀の口では喋れないでしょッ!なんでそういうとこだけ「だって亀の身体になっちゃったから矢が持てない」な主張するのよ。

うーん亀の口でペラペラしゃべるのは止めて欲しかったなあ。それこそ、それなりの理屈を考えて欲しかった。なんだか、後の方の部になると、そこら辺の「物語を展開する上でクリアしておかなければいけないこと」の処理が雑というか、そこんとこは突っ込まないでよ、と目くばせして一方的に喋られてる印象がある。

そして

ナランチャがどうやって殺されたのかわからない。もともとボスの能力がどうにもわかってないせいではありますが。

結果だけが残り、ボスにとって都合の悪い過程は飛ばす。それはわかりますが、ナランチャがあの位置に居るのって決定された結果なんですかい?あれはDIOの能力での殺し方じゃないのか?時を止めて皆が止まっている間にあの位置まで運び上げて殺したんだ、と言われれば納得するんですがね。いっそラスボスは全員「時を止める能力」てことにすりゃいいんじゃないのか。

ナランチャの「そういうこと言うと死ぬことになるぞ。わたしも『お前らを助けない』とか言った挙句このざまだ」「何言ってんだよ、エジプト人のおっさん」なセリフのオンパレードが、結構唐突に感じた。だってまだ矢を手に入れる方法も全然思いつかない段階じゃないですか。手に入れて、誰が刺す?お前刺せよ。いやお前だろ、ってやってる時にならまあわかりますが。「さっさとフラグ立てておかないと」くらいの勢いに感じた。

あーでもフーゴアバッキオ関連の回想はぐっときたなあ。スタッフにくい。近藤ムサシにくい。正直、ナランチャの死を原作で読んでいた時は、わけのわからなさが強すぎて、悲しい、と思ったおぼえがない。ごめんナランチャ。でも、今回はあのオリジナルの部分、特に死んだ後の、ふと何かを感じて空を見上げたフーゴの姿の後、エアロスミスの象徴である鳥の影、あれを見た時は涙がこみあげた。永遠の0を観た時に、おかだズンいちの演技よりもゼロ戦が海面すれすれを飛ぶシーンに泣けて仕方なかったのですが、あれに通じるものがあります。

ミスタ、アバッキオの時には無言で死んだ目をしたきりだったのが、今回トリッシュの身体で泣き叫んでいたのが印象に残った。何かわかる気もしました。もちろんどっちも悲しいし、それぞれに悲しいんだ、というのが伝わってきた。誰が死んでも同じ悲しみ方をするってわけじゃないし、違うからってどっちが上とかいうものでもない。どちらもかけがえのない仲間だったのだ。

いつかフーゴナランチャが死んだことを知るんだろうな。その時どう思うのだろう。単に「だから言ったのに」とか「僕もついていけばよかったのか」とかそんな平べったい気持ちではないだろう。でも、ナランチャを亡くしたフーゴの気持ちは、他の誰と誰の組み合わせとも違う感じがします。なんだか、「青春の輝き」とか「遥かなる影」とか「雨の日と月曜日は」とか、カーペンターズの曲名が似合う感情に思える。

前にも言った気がするけど、ナランチャの死がとてもあっけなく感じるのは、アバッキオみたいに敵の情報を仲間に遺したとか、リゾットみたいに一矢報いたとか、そういうものが何もないからなんだろうね。何も言わないままだったし。ただ今回のアニオリで、飛び去る鳥の姿が、彼の心や存在そのものの別れの挨拶みたいになっていて、良い補完だった気がします。