GRJ日記

サイトの日記代わりです。やや古いマンガやや古いアニメやや古い特撮(略)大好き。

からくりの君

好きなマンガの話をします。

ふじたかずひろ先生の初期の短編で一番好きな話です。いやでも『掌の歌』もすごく好きでにわかにはどちらと言い切れない。話の後に営々と続いていくのであろう主人公のはるかな修練の道、お互い好き合っているけれども安直に結ばれる道を選ばない男女の選択の潔さとつらさ、そこら辺の「声高に叫ぶのでない、読んでいるこちらを信じて委ねる余韻」みたいなものは『掌の歌』の方が上なのだと思いますが。

しかしうーむやっぱり、主人公ふたりの魅力がね。繊手と白い脚でもってからくりを自在に操る姫君、すさまじい力を隠して下忍をしているがその力を捧げるあるじを持たない忍び。それぞれの事情を抱えたふたりが出会って、なりゆきで共に戦うことになるのだけれども、やがて下忍は姫の秘密を知り、そして問う。「操られるのが忍び、だが人形に操られるのは真っ平だ。あなたはおれのあるじになることが出来ますか?」

最後の決戦の見せ場については本当にツバを飛ばして打鍵したいところなのですが、とても漫画の魅力を伝えることは出来ないのでやめておきます。うしおととらの時に言いましたがふじた先生のお作は、ここぞという場面で決めセリフ!なのですが、まあ普通大概そうか?それがこのお話ではもう、過不足なく決まっていました。うしおととらの後記、からくりサーカスでは「言わなくていいことまで言ってる」みたいな時があったのですが、初期のためなのか出しゃばり過ぎず、でも十分にこちらにずしんと来て、とても心地よい。

姫様の性格はまあ、正直言ってよくあるタイプと言ってしまっていい(おっとりしていて世間知らずで、敵にでも丁寧にお辞儀してきちんとした喋り方をするような)のですが、父親への愛憎でゆがんでいるあたりが痛々しく、また魅力的です。人形を上手に操りながらその裏で壊してしまいたいと思っている辺りが。で、からくりというか、ロボットというか、人に作られ人のために働くものたちが大好きな私にとっては、戦闘の中で壊れてゆく姿が大変に痛々しく、つらく、だからこそ彼女の鬱屈がよくわかる気がしました。やっぱり太郎丸たち可哀想だけどね。

それで、

この作品はアニメにもなったのですが、アニメが原作をとても上手に補完していたなあと思う。なんといっても目の表情が大変に気を遣って描かれており、細やかで、丁寧で、「なぜ、こういう描き方をしているのか」「なぜそれがここで変わったのか」が登場人物たちの心情や決意によってなのだと、観ていてよくわかる描かれ方をしていました。なんといっても下忍の目が変化した時、ああ今この下忍が、この姫のために心というものを尽くして働こう、自分の力を振るおうという気になったんだなと思って胸が熱くなった。

あと、下忍の正体が姫に示されるところも、原作はただ口で言うだけなのですが、アニメは上手にドラマを盛り上げていたし、姫が戦って勝つ鍵となる辺りの、下忍の力の見せ方がとてもうまかった。「いよっ」と声をかけたくなるようだった。

最後の最後にタイトルがばーんと出る形も決まってたし、視聴感が大変宜しかった。この後ふたりはいずれきっと結ばれるのであろうな、と温かい気持ちで見送って観終わった。掌の歌は結ばれなくて終わって、それでいいのだけれども、こちらは「多分、結ばれるだろうな」で終わって、それがとてもよかったのです。

原作を読んだ時下忍はどう考えても若本規夫さんだろうと思ったら案の定アニメで声をあてておられて、大変に嬉しかった。バッチリでした。うしおととらの秋葉流と、からくりサーカスの阿紫花英良もどう見ても若本規夫さんだろと思いましたけどね。思い過ぎか。今度のうしおととらのアニメで秋葉流やってくれないかなあ。ちょっともう、老け過ぎかな。

宜しかったら読んでみて下さい。

拍手して下さった方、ありがとうございます!

以下拍手御礼です。

> Tさま

いらっしゃいませ!ゲッターへの熱い熱いお言葉大変に嬉しいです!

ゲッターを壊そうとした弁慶と、身体を張ってやりあって、その後弁慶の体を支えながら「ここでまともなのはこいつだけだってことだ」と言う竜馬に、本当に惚れぼれしました。あの時ミチルたちに対して3人がひとつのフレームに収まっているシーンがあって、「ああ、ゲッターチームだ」と痛いくらいに嬉しくなりました。原作のゲッターロボ號で、號たちが脱走するのを隼人が黙認して拳銃を「もっていけ」ってくれるシーンがありますけど、ああいう感じで、3人でどこぞへ脱走して欲しかった。どこへかはわかりませんけども(笑)なんか、悪だくみとか、後ろ暗い脱走とか、そういうものに3人で協力して飛び込んでいくのが、新ゲッターの3人にはぴったり合うなあと思うんです。

そういう、口先でなく、意識もしない奥底で仲間同士という辺りも含めて、新ゲッターのスタッフさんたち、本当に原作を読みこんでガッツリ作ってくれているなあと思いますね。「地獄へのエレベーターだ」が観られるとは。観ていて胸が熱くなりました。あの合体シーン、本当に本当にかっこいいです。あと弁慶がわちゃくちゃになって、竜馬が「任せろ!」でゴロゴロゴロ…で飛び出すとちゃんと合体していてるシーンも大好きです。

週一30分に賛同いただけて嬉しいです。OVAもいいし映画もいいんですけれども、古い世代のアニメ人間としては、やっぱり、何曜日の何時からはナニナニだ!楽しみに待っていて視聴して「今週は作画が荒れてたなあ」「今回は息抜きのギャグか」なんて言いながら観てこそ、「アニメ化」したと言えると思うのです。いいですよねえ、夕ご飯タイムにあの大暴れ。「目だ!」「耳だ!」を観ながらハンバーグを食えるか君は。30分で何人死ぬか(しかも主人公側に殺されるという)数えて当てよう。当選者にはキーホルダープレゼント。絶対応募するぜ。

あとゲッターロボGみたいに、オープニング曲は変わらずフィルムだけ変わるというのとてもかっこいいというので是非それを踏襲して欲しい。2番になるのもおしゃれですけど。

ロボットガールズねえ。私もあれにはとても疑問なんです。戦艦や戦闘機やスーパーロボットを、なぜに娘に擬人化せねばならんのだろう。そのものの方がよっぽど色気があるしもえると思うんですけどね(笑)

ああすみません。思わず熱に浮かされました。またぜひお声ください。お待ちしております。

> アクロパンチは の方

いらっしゃいませ!ああそうだったんですか、ロビンソン一家漂流記がモデルなのかあのアニメ。教えて下さってありがとうございます。フローネ、歌えますよ!

『平手打ち、頬に受け、裸足で~逃げてく~ テレッテレ』

違いましたね。すみません。

テレビ版の竜馬は正義感あふれる熱血野郎、サッカーやってるとか、どうしたんだ竜馬、敵との戦闘で記憶喪失になったのか、みたいな性格ですが、それはまああの時代のアニメの主人公の宿命なんでしょうから仕方ない。彼があまりに真っ直ぐな対比のために隼人と武蔵がああなったというのもあるんでしょうね。にしても曲がり過ぎな気がしますが、あれはあれでいいんでしょうね。あの恰好で高校生っていうのもすごいし。体育の時間はジャージを着るんだろうか。プールの時間は海パンを穿き、髪はキャップへ?(笑)笑ったらやっぱり殺されるんだろうな。そこだけ納得してますが

お声ありがとうございました!